最高裁判所第一小法廷 昭和62年(行ツ)131号 判決 1988年10月13日
大阪府守口市大宮通一丁目九番地
上告人
高島剛
右訴訟代理人弁護士
真砂泰三
池本美郎
大阪府門真市殿島町八丁目一二番地
被上告人
門真税務署長
林秀春
右指定代理人
竹本廣一
右当事者間の大阪高騰裁判所昭和六〇年(行コ)第五四号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和六二年九月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人真砂泰三、同池本美郎の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論意見の主張は、その前提を欠く。論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ッ谷巖)
(昭和六二年(行ツ)第一三一号 上告人 高島剛)
上告代理人真砂泰三、同池本美郎の上告理由
第一 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
一 すなわち推計課税の手続要件等については所得税法第一五六条に規定があるが、被上告人がなした本件推計課税は同条等の内容に違背するものであるのに、原判決はこれを看過して容認しており、よって判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるからである。
推計課税が許容されるためには、その手続的要件として白色申告者の場合に限ること、その実体的要件として推計課税の内容が合理的であること、すなわち推計の基礎とした資料が正確であり、かつその推計方法が具体的に適用されるケースの実情に適合していることが要求される。
これを本件について具体的に見てみると、原判決は、第一に上告人のようなゲーム機遊技場経営者の所得について推計課税の方法により課税しようとする場合には、同種・同規模の同業者の所得と比較検討することが不可欠であるのに、少なくともいわゆる平均的概数による推計の方法をとることが必要不可欠であるのに、本件ではそのような方法が一切とられずに推計課税がなされており、そこに違法性があるにもかかわらず、原判決はこれを看過しており、この点で判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
第二に、被上告人自らが「本件で推計課税が許容されるのは上告人が昭和五三年度、同五四年度の日計票を隠匿し、昭和五五年度の日計票のみしか提出しなかったからである。」、「かような場合には昭和五五年度の日計票のみでもって昭和五三年度、同五四年度の所得につき推計課税することが許される。」と主張していたのに、第一審の裁判審理の途中で現実には上告人が昭和五五年度のみならず昭和五四年度の日計票をも提出していたことが判明したのであるから、すなわち上告人は昭和五四年度については明確な所得額算定資料を提出していたのであるから、いわゆる推計課税の単年度主義からして少なくともこの昭和五四年度については上告人の提出したのこ昭和五四年度の日計票でもって上告人の所得額を算定すべきであり、したがって昭和五五年度の日計票の内容をもって同五四年度の所得を推計課税することが許されるはずがないにもかかわらず、原判決はこれを容認しており、この点でも、やはり判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があると言うべきである。
二 まず第一に後者の法令違反について詳論する。
すなわち被上告人が本件で推計課税をなした最大の理由は、被上告人の担当職員清元久男氏が税務調査の際、上告人に対し、昭和五三年度ないし同五五年度の日計票の提出を求めたのに、上告人が昭和五五年度の日計票しか手元にないと言ってこれしか出さなかったため、被上告人側は昭和五五年度の日計票のみでもって、同五三年度、同五四年度及び同五五年度の所得を推計せざるを得なかったというものである。
しかしながら、先に述べたとおり、現実には上告人は昭和五五年度のみならず同五四年度の日計票をも前記清元氏に、直接手渡していたのである。
すなわち、被上告人は真実は調査開始当時上告人から昭和五四年度、同五五年度の二か年分の日計票を預りながら、これを担当者において上告人が昭和五五年度の日計票しか預けなかった、昭和五三、五四年度の日計票については隠匿したと誤解してしまい、その結果五五年度の日計票のみをもって五三年ないし五五年の三か年所得を推計課税してしまったというものである。
この事実関係そのものは、被上告人側もすべて認めており、当事者間に争いがないところなのである。
直接の担当者である清元氏自身も二か年分の日計票を預りながら一年分のみしか預からなかったと誤解していた旨はっきりと自白している。
そしてこのような事実関係が判明した以上、本件推計課税は明らかにその合理性を失ったと言うべきである。
すなわち上告人は少なくとも昭和五四年度については、上告人の所得を算定できる明確な資料を提出していたのであるから、上告人の所得はその資料に基づいて算定すべきであって、翌年度の資料でもって推計課税されなければならないいわれなど全く存しないからである。
もちろん、これは上告人が第一審当時から再三指摘してきたところである。
しかるに原審判決はこの点につき、「被控訴人の部下職員は、控訴人より呈示を受けた右日計票についても現実に調査したものであるから、右日計票の呈示を受けていないとの誤信に基づいて本件各処分をしたということはできない。なるほど、被控訴人が、原審において、右日計票の呈示を受けていないと誤信し、その旨を主張していたことは、被控訴人の自認するところであるけれども、右誤信があったことのゆえに、本件各処分の違法を惹起すると解することはできない。」というのみであるが、これでは上告人の前記問いかけに結論のみでもって応じたというにすぎず、そこには、何らの理由が述べられていないと言うべきである。
なぜ「違法を惹起することはできない。」かの具体的な説明が一切なされていないのである。
理由不備・理由齟齬も甚しいものである。
また原判決は「被控訴人の部下職員は控訴人より呈示を受けた右日計票についても現実に調査したものであるから、右日計票の呈示を受けていないとの誤信に基づいて本件各処分をしたということはできない。」と言うが、そもそも被控訴人の部下職員(清元氏と思われる。)が昭和五四年度の日計票を調査したという証拠はどこにも存せず、したがって右認定自体誤りであるうえ、仮に昭和五四年度の日計票を調査したとしても、その調査した結果の具体的内容がどうであったからとの具体的な事実の認定があって初めて、昭和五五年度の日計票でもって昭和五四年度の所得を推計することの合理性が担保されるものであるのに、原判決は右に述べたとおり「被控訴人の部下職員は控訴人より呈示を受けた右日計票についても現実に調査した」と言うのみであって、その調査した結果がどのような内容であったかにつき証拠価値のある証拠による事実の認定が何らなされていないのであるから、結局原判決の右認定は明らかに所得税法第一五六条等の推計課税をめぐる各種法令に違背するものである。
これが本件に影響を及ぼすこともまた明らかである。
三 仮に原判決が昭和五五年度の日計票をもって昭和五三年度及び五四年度の所得につき推計課税することが可能であるとしても、被上告人側が昭和五五年度の日計票合計三六五枚の二一枚に認められるとする上下四段の筆圧痕の数字が上告人の真実の売上高、利益額を示すとする主張について、被上告人はそのように主張するのみであって、それを裏付ける具体的な証拠の提出も主張も一切なされていないにもかかわらず、原判決もこの点を看過し、何ら証拠に基づく具体的説明がないまま被上告人主張どおり、上下四段の数字が真実の売上高、利益額を示すと認定している。したがって原本件は本件推計課税が許される唯一絶対の根拠とも言うべき筆圧痕の意味につき、そのように認定するのを相当とする合理的な理由に関しては何ら証拠による説明がなされていないのであるから、結局原判決の認定した本件推計課税の方法はその意味でも明らかに法令の規定に違反するものである。
すなわち、所得税法第一五六条で定められているとおり、推計課税をなすためには、「その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入もしくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額を推計してする。」ことになっているところ、本件ではこれらに当たるのが上告人が店舗に設置していたゲーム機の種類、台数、店舗面積、立地条件、従業員数、顧客数等を算出等であると認められるが、したがって上告人について推計課税をなすためにはこれらの数値を基準にし、かつ上告人の店舗と同種・同規模の他の店舗での一般的な売上高、利益額等を参考にして、上告人の店舗の所得を推計計算しなければならないのに、被上告人はこれらの作業を一切しないまま前記数値のみを基礎にして推計計算しているのである。いわゆる平均的概数の適用も同業者の平均比率あるいは資産増減法による推計もなされていない。通常の推計課税では必ずなされている推計の理論的根拠付けが一切なされていないのである。
原判決はただ自らの独断で昭和五五年度の日計票中の二一枚の日計票に認められた数値が真実の売上、利益額を示すと断定するのみであって、なぜ、それらの数値が真実の売上、利益額を示すかの理論的根拠についての説明が一切ないのである。また右数値と平均的概数等による推計計算とがどの程度相違あるかの比較対照も一切なされていないのである。原判決のしたかような推計課税の方法は明らかに前記法条に抵触するものであって、とうてい許されないものである。
なお、原判決はこの点について、「控訴人には申告にかかる収入金額の三・五ないし三・六倍に相当する預金があり、これが資金の出所につき首肯するに足る証拠もないから、右推計の合理性を優に肯認し得る。」と言うのみであるが、この妻名義等の預金は上告人が第一審当時から主張していたとおり、日々の売上の一部を入金していたのみであって、その入金分もそいの都度払戻を受けて経費等に出捐しており、決してその金額が固定的に預金されていたわけでも何でもないのであるから、これが本件推計課税の合理性を担保する資料となり得る性格のものでは決してない。
かように原判決の認定した本件推計課税の方法は所得税法第一五六条等に違背し、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないものである。
第二 憲法第二九条、同第三一条違反について
一 一般に納税の義務は、憲法第三〇条にも規定のある国民の重要な義務の一つであるが、これは一方では課税権者に対し、租税法律主義との名のもとに「法律の定めるところにより」しか課税をなし得ないとの制約を課するものである。
二 しかるに本件では被上告人は推計課税の許容要件を規定した所得税法第一五六条等に違反して推計課税したものであるから、これはすなわち前記租税法律主義を規定した憲法第三一条に違反するものである。
ひいては財産権不可侵を規定した憲法第二九条にも違反するものである。
三 よって原判決はこの意味でも破棄を免れないものである。
以上